プロローグ3

金ちゃんファイブの資産運用三国志

とある現代・・・

三国劉美は大手証券の一角、山三証券の営業レデイとして働いていた。
劉美の劉は劉美は5匹の金魚に名前を付けていた。劉備元徳の劉で、熱心な三国志のファンだった父(三国 志郎)が生まれた時に劉備(りゅうみ)と名付けようとしたところ、将来、名前でいじめにあうことを心配した母親の必死の抵抗に合い、しぶしぶ「備」を「美」に変更して劉美としたのだった。(母ナイス!)
余談だが、のちにこのことを知った劉美は父に反発し三国志を嫌い、あろうことか熱心なスターウオーズのファン(オタク)になったのだった・・・やれやれ。

アベノミクスのせいか証券会社は活況を呈していたが、新興ネット証券の台頭で、店頭の営業は困難を極め、当然のように昼夜ないブラックな職場となっていた。
接待の飲み会、セクハラ、パワハラ、過剰なノルマ。昼夜のない不規則な生活。
そんな日々に劉美は心身ともボロボロになっていった。

劉美の救いはごくたまにとれる休日にスターウォーズのビデオでベイダー卿(大ファン)を見ることと、飼っている5匹の金魚(ピンポンパール)を触れ合うことだった。
ピンポンパールは名前のごとくピンポン玉のように丸い金魚で、最近女性に人気の魚種であった。

白に一点赤が入った金魚が「ほげ蔵」(実は♀)、
いつもくるくる回るターンが得意な更紗模様の金魚が「梅ちゃん」(♂)
梅ちゃんの絡まれてもマイペースな更紗の金魚が「ポン太」(♂)、
大人しく優等生的な素赤の金魚が「ふくれ」(♂)、
穏やかでおっとり、5匹の中でも一番大きい金魚を「コロちゃん」(♀)

と命名、一生懸命世話をした。
このため金ちゃん達も劉美に懐いている様子だった。

「ほら、ほげちゃん、梅ちゃん、ポン太、ふくれ、コロちゃん・・・ご飯だよ!」
金ちゃん達はなぜか安いテトラのフレークが大好物で喜んで食べた。
そんなひと時が劉美にはかけがえのない時間だった。

翌日、職場の窓口に半年前に投資信託を買ったという初老の客が来た。客には焦燥感が感じられ、その様子を見て劉美は嫌な予感がした。

用向きはやはり例の投資信託についてだった。
「すいません、お宅で購入した投信の分配金が半分になったのですが・・・」
「・・・」
劉美は「来た・・・」と思った。

その投信はアメリカの廃イールド、いやハイイールド債に投資投資する商品であった。ハイイールド債とは格付けの低い債券で、別名ジャンク(クズ)債と呼ばれるハイリスクな商品だった。その上にブラジルレアルという高利回りの通貨で運用し、とどめに毎月分配するというリスクの測定不能な投資信託だった。
劉美は最近のコロナショックで運用成績が悪化したためとの投信の月報を見せながら説明をした。
この場合、決して商品特性に問題があるとは言ってならなかった。
新人頃の劉美は右も左もわからず、上から言われた商品を愚直に営業していたが、慣れてくると、自分の売っている商品に大きな問題があることがわかってきたのだった。

「このまま持ち続けて大丈夫でしょうか?…それとも、もう、売った方が良いのでしょうか?」
劉美は顧客データを見ながら息を飲んだ・・・
顧客の投資信託はすでに購入時の半分以下の価格になったいたのだった。
客は続けた、「お宅のお勧めで人気ランキングトップの投信だったので退職金をはたいて買ったのにこんなことになるなんて・・・」
顧客は肩を落としていた。「退職金で年金替わりと思い買ったのに・・・」

劉美は分かっていた。
この商品は構造に大きな問題があり、手数料が高いこと加味して考えると基準価格が今後持ち直す可能性はほぼない。
つまり、これ以上傷を広げないためには売るのが正解だと。
劉美は意を決して告げるようとした。
「お客さま・・・この商品は・・・残念ながら・・・」

その時、
「あ、お客さま!いらっしゃいませ!」
上司の田栗主任が声をかけてきた。
「いつもご贔屓いただきありがとうございます。」
軽い調子で挨拶をした田栗主任

田栗は営業成績は良いがいわゆる売りっぱなしの営業マンで、顧客が儲かれば私の眼鏡にかなった良い商品だったといい、損した場合は「投資は自己責任ですから・・・」といったタイプでいわゆる会社の味方、客の敵のような男だった。

「この度、は当社の販売した商品が運悪く下落した申し訳ありません。お勧めした時はコロナなんて本当に想定外でした。コロナがなければ分配金も維持され、今頃は価格も上昇していたと思います。本当に残念です。
しかし、コロナもワクチンが普及しつつある現在、もう目途が立ちました。ですから、このままホールドを考えられてはいかがでしょう。」
「ホールドですか?」
お客さんは怪訝な顔をしながら田栗にたずねた。

「ええ、もちろんお客様のが判断ですが、売ってしまうと損が確定します。」
「投資に絶対はないんですけど、リスクをとらねばリターンはありませんから!(キラ!)」
「げ・・・」 劉美は心の中で思った。

確かにリスクをとらねばリターンはないのは確かだが、ひどい商品でリスクをとればリターンなんて夢なんだけど・・・
田栗の調子のよい営業トークを聞かせれ顧客は気力が削がれたのか、席を立とうとした。顧客の帰り際に田栗は
「せっかく、お見えになられたので、こちらの商品をお持ち帰り下さい。」
手渡したのは当社のロゴの入ったテッシュとラップの詰め合わせだった。さりげなく最近、売り出された商品のパンフレットを渡した。その商品はさらに複雑な4階建てという謎の投資信託だった。

客は商品とパンフレットをを受け取ると肩を落としたまま帰っていった。

劉美はその商品にお客さまが興味を持たないように心から祈った。
自社の商品が売れないことを願う営業って・・・劉美は悲しかった。

「おい、三国」
「はい」田栗は少し怒気を含んだ声で、劉美を睨んだ。
「お前、今、客に売らせようとしなかった?」
「・・・はい、もう上がる見込みは少ないと思って、・・・」
小声で答えた。

「バカか!簡単に売らせてどうする。お前、売られたら信託報酬とれんだろうが。其処は粘るのよ。 それに絶対上がらないとは言えないだろう。なあ」
「はい・・・確かに確実なことは分かりません。」
劉美は下を向いて答えた。
「まあ、下がっても投資は自己責任だけどな はは」
「・・・そんな自己責任ってあるわけない」劉美は思った。
「まあ、昔なら別の商品に乗り換えさせる所だが、最近は色々うるさいからな・・・」
「三国、この俺に手間をかけさせた罰としてこの資料、明日までにまとめておけよ」

どさっ、
資料の束を劉美の机に投げた。

「・・・」

田栗主任はそういうと喫煙タイムに去っていった。
「・・・今日も午前様か。」
劉美はいつものこと風につぶやいた。

そんなことよりあのお客さまのことが心配だった。
退職金をはたいた投信が半分になって今後どうするのだろう・・・
それを思うと胸が痛んだ。

「もっとこの国に金融リテラシーがあったら・・・」
そんな言葉をつぶやきながら劉美は田栗に押し付けられた資料に目を透し始めた。