「ただいま・・・」
もちろん一人暮らしの劉美の部屋から返事はない。
部屋の時計は午後1時を過ぎていた。
「ふう・・・」
主任の資料は案の定、誤字脱字だらけで訂正に時間がかかるものだった。
いつものように残業になり、帰ったのはこの時間。
シャワーを浴びたい所だが、深夜では近所迷惑になってしまう。
劉美は濡らしたタオルを絞り、体をふき汗をながした。
少しだけスッキリしたあと、金ちゃん達の様子を見た。
遅い時間なのに劉美が水槽に近づくと喜んでよってきて、餌くれダンスを始めた。
劉美は水槽の横に置いている餌をあたえながら、「おいしい?」と声をかけた。
「いいね・・・金ちゃん達は仕事がなくて(笑)」
劉美は照明を落とすとベットに入った。
疲れているはずなのになぜか目がさえて今日の出来事が思い出される。
「ああぁ・・・ もっとお客様に寄り添う仕事ができないのかな・・・」
「あらあら ならまず、環境を変えることね(笑)」
「・・・」
一人のはずなのどこからか女の人の声が聞こえた。
劉美はいよいよ精神を病んだのかと感じた。
「あら・・・どうしたの 幻聴と思ったのかしら?」
・・・
「いやね・・・ だいぶんストレスは溜まっているけど、まだ、精神は病んでいないわ」「まあ、このままではそうなっても不思議ではないけど・・・」
よく喋る幻聴だな・・・あ、夢だ。 なんだ夢か・・・ふふ、劉美は可笑しくなった
「あらあら、現実逃避はあんまりよくないわよ」
どうせ夢なら、少し乗ってやろう。劉美は少々、いたずら心を起こした。
「実はあなたに少々、お願いがあるの」
来た!この手の話には大体、裏があるんだ・・・
まあ、夢だけどね(笑)
「私の世界を救って欲しいの・・・あなたに」
はい?・・・ 世界を救う???
「あの・・・救うとは 何から?」
「運命からよ・・・」
「運命?」
・・・「破滅の危機から」
劉美は破滅という穏当ではない言葉に少しドキとしたが、反面、ありがちな展開とも思った。
「私に救えるような話なの?」
「いいえ。あなただけでは出来ないわ・・・でも、みんなで力をあわせれば可能性はあるの。」
「みんな?」
「そう、みんなで私の国のバランスを取り戻して欲しいの」
「私の国・・・」
「私の国は昔、多いに乱れていたわ。金融リテラシーが崩壊し庶民は貧困に喘いでいた。だから、私は直接、バランスを取り戻そうと動いてみた。その結果、一時的に平穏を取り戻すことに成功したの。」
「でも、一時的だった。人の強欲と恐怖でバランスは再び崩壊しつつある。」
「強欲と恐怖・・・」
欲望と恐怖は人が持つ根源的な本能で故に強大な力を持っている。
劉美は投資という仕事を通じてそれを肌感覚で理解していた。
「あなたに救済をお願いしたいの・・・三国劉美。」
はは・・・ 面白い夢。人がおかしくなる時はこんな具合になるのかな?
可笑しい反面、どうせ夢なら・・・いや狂うのなら・・・乗るのも一考かな(笑)
劉美はその幻聴としか思えない声に返答した。
「わかったわ。 しかし私にあまり期待しないでね。」
「ありがとう・・・」
その瞬間 天井がぐにゃと歪み、劉美はどこかに落ちていく感覚を感じた。